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東京地方裁判所 平成7年(ワ)20412号 判決

主文

一  被告永原武は、原告らに対し、別紙物件目録(一)記載の土地を明渡せ。

二  被告永原武は、原告らに対し、平成七年八月八日から一項の土地の明渡済みに至るまで一か月金五万五八〇〇円の割合による金員を支払え。

三  被告田中永雄は、別紙物件目録(二)記載の建物を収去せよ。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

理由

一  賃貸借関係

原告らが、昭和五三年七月三一日時点において、その所有する本件土地を被告永原に賃貸し、同被告が本件土地上に本件建物を所有していたことは争いがない。

二  本件借地権譲渡の有無

次に、被告永原が同田中に本件借地権を譲渡したかどうかを検討する。

1  証拠によれば、次の事実が認められる(認定に供した主な証拠を当該事実の末尾に略記する。)。

(一)  被告永原は、平成七年六月五日、原告ら方を訪問し、「事情があって引っ越したい。後はお医者さんに決まっています。後のことは同行した不動産業者の日卓建設の田口に任せます」旨を述べた。

これに対し、原告ら(原告哥津江と同美子とは母娘の関係)は、急だったこともあり、「ちょっと考えさせていただきたい。返事は六月二〇日過ぎまで待って欲しい。」と答えた。

(二)  本件土地が自宅敷地と接していることから、原告らは本件借地権の譲渡を承諾しないことに決定し、平成七年六月一六日本件原告訴訟代理人の鈴木弁護士を通じて、日卓建設の田口に電話し、「本件借地権の譲渡は承諾しない。地主側で本件借地権は優先的に買い取る。借地を希望する人には、原告ら所有の近くの空き地を紹介する。」と伝えた。

(三)  ところが、被告らは、平成七年六月から七月にかけて次のような諸行為をするに及んだ。

(1) 被告田中は、平成七年六月六日売買予約を原因として、同月二九日本件建物について所有権移転請求権仮登記をした。

(2) 被告田中は、同永原から本件借地権付きで本件建物を買い受ける旨の平成七年六月二〇日付けの予約契約書を本件被告訴訟代理人の秋山弁護士を立会人として被告永原との間で作成した。

(3) 被告田中は、平成七年六月ころ、同永原に対し、右(2)の対価として金七二〇〇万円を支払い、本件建物の利用権を取得した。他方、被告永原は、同月末ころから荷物を運び出し始め、同年七月五日には本件建物から杉並区永福の方に転居した。

(四)  本件建物には、平成七年七月六日から周囲に足場が組まれ、改装工事が始まり、同月二〇日までに終了した。そして、同月二一日から医療機器の搬入が始まり、同年八月始めから「杉南クリニック」の名称の医療機関が医療業務を開始した。

杉南クリニックは、斉藤実(以下「斉藤」という。)が被告田中から本件建物を賃借して医院を経営するものである。斎藤は、被告永原とは面識がなく、被告田中が本件建物の所有者であると説明され、平成七年六月二六日付をもって、被告田中との間で同被告からその所有する本件建物を賃借する旨の契約をした。

(五)  なお、被告永原は、平成七年七月六日付けで本件借地権の譲渡許可の申し立てを東京地方裁判所に提起した。右事件は本件訴訟の成り行きを見ている段階にある。

(六)  原告らは、以上のような被告らの動向に対し、本件借地権の譲渡を承認するように方針を変更することもなく、反対に平成七年七月一八日付書面をもって被告永原に対し、譲渡承認をするつもりがないこと、改修工事が無駄になること、善処方を期待することを伝えた。

しかし、被告らの前記の行為が進行するので、原告らは、同年八月七日到達の書面をもって被告永原に対し、無断譲渡を理由に本件土地賃貸借を解除する旨の意思表示をした。

2(一)  右1の事実によれば、被告永原は、被告田中に本件借地権を譲渡しようとして原告らに承認方を打診したところ、原告らが不承認の意向なので承認を得ないまま譲渡を強行したというべきである。

右の点は、右1の認定事実中の原告らの譲渡不承認の意向を承知しているにもかかわらず、あえて、被告田中が同永原に七二〇〇万円という高額の金員を支払い、本件建物の占有を取得し、転貸、改修等、自由にこれを利用していること、その代わり被告永原においては本件建物から転居し、利用について全く関与しなくなっていることに、特に窺われるところである。

3  被告らの主張について

(一)  被告らは、本件借地権付本件建物売買の予約と本件建物賃貸借をしたにとどまり、本件借地権の譲渡及び本件建物売買は未だ成立していない旨を主張し、これに沿う条項を定めた契約書がある。

しかし、本件では、原告らが本件借地権譲渡に対し不承認の強い意向を有していることは、記録上明らかである。

すなわち、被告田中に対する本件借地権譲渡及び本件建物売買は原告らの承認を前提にする限り、実現可能性はないといってよい(なお、原告らが借地借家法一九条三項の優先買取権を主張し、そのことに格別の不当性は窺われないことから、被告らが譲渡承諾に代わる裁判所の許可を得ることも困難と予想される。)。

そうすると、本件借地権付本件建物売買の予約をすることは、あり得ない本契約の実現を前提にするもので、無意味な取り決めというべきである。このように、原告らの承認が得られないことが明らかである以上、仮に被告らが真実右のような予約をしたというなら、被告らは、右の如き無意味な予約は早期に解消するしかないはずである(それによっても、借地権者の被告永原に投下資本の回収方法が制度上保証されていることは後記のとおりである。)が、被告らにそのようにする気配は全くない。

ということは、被告らは、原告らの不承認意思にもかかわらず本件借地権の譲渡を断念するつもりがなく、かつ、譲渡した場合と同様の経済的な効果(引渡、金銭授受、利用、仮登記)を先取り的に実現しているのであり、譲渡予約を仮装しながら、実は譲渡を強行していることに他ならないのである。

(二)  なお、右の判断との関連で、乙一の契約書の条項について検討しておくこととする。

(1) 乙一の契約書においては、本件建物の売買本契約締結時まで暫定的に被告永原が同田中に本件建物を賃貸する旨の条項(以下「暫定的賃貸借契約」という。)が定められている(第六項、第九項)。

そして、この暫定的賃貸借契約においては、建物賃借人(被告田中)は、建物内部を自由に改装することが許され(第八項1)、建物賃借権を譲渡、転貸でき(第八項2)、賃料についても売買予約契約の予約金(七二〇〇万円)に対する利息と対当額において相殺される(第七項)結果現実には支払う必要がないこととされている。

しかし、前記のとおり、原告らによる譲渡承認はおよそ期待できず、本契約の実現可能性がないことが明らかなのであるから、本契約までの間の暫定的契約ということは無意味である。それにもかかわらず、右のような条項を定めているということは、無断譲渡の実体を隠ぺいするためのものといわざるを得ない。

(2) また、乙一の契約書においては、本件借地権譲渡許可申請を地主の事情により最終的に取り止めた場合には、本件建物の売買予約を合意解約して本件建物賃貸借を暫定的ではなく恒久的に続けることとされている。そこで、本件建物の売買予約が存在しそれが合意解約され得る関係にあるので、未だ本件借地権の無断譲渡が完了していないとする考え方があるかもしれない。そこで、この考え方を検討する。

乙一の契約書によれば、この場合においても、建物賃借人は、従前どおり、建物内部の改装を自由に許可され、建物賃借権を譲渡、転貸でき(第八項)、賃料についても、売買予約契約の予約金を右賃貸借契約の保証金に充当し、これと相殺される(第一三項)結果、現実の支払いをする必要がないこととされている。しかも当事者双方が将来の解除権を事前に放棄する条項(第一三項)も存在する。これは建物賃貸借としては極めて異常な内容のものである。しかも金銭の授受、占有の移転及び目的物に対する利用上の支配権の移転の点で、本件建物を売却して本件借地権を譲渡した場合と変わらない。そして、乙一の契約書が原告らの不承認の意向を知ってから作成されたこと等からすれば、右条項は、承諾のない本件借地権の譲渡を、まるでその譲渡行為が存在しないかのように見せるためのテクニックといわざるを得ず、本件借地権は既に原告らに無断で譲渡されているものというべきである。

(3) また、乙一の契約書においては、被告永原が本件建物の売買本契約を締結しない場合は、本契約を解除するものとし、被告永原が違約金として七二〇〇万円を支払うとの条項(第一四項)が存在する。

仮に、右条項の趣旨が本件借地権付本件建物の売買予約、本件建物の賃貸借契約の全てを合意解約する場合を想定したものであり、かつ原告らからの警告があった時期ころに被告らがそのとおりに実行していれば、本件借地権の譲渡には至らずに譲渡の動きは自主的に解消され原告らに実害を与えなかったはずである。ところが、被告らはそのようなことをせずに、金員の授受、占有の移転、利用上の支配権の移転を行い、これを元に戻す意思がないのであるから、右条項の適用の余地もないことになる。

(三)  右(一)(二)のとおり、被告らの主張は、いずれも採用することができないし、乙一をもってしても被告らの主張は裏付けられない。

三  原告らの譲渡不承認と解除

1  原告らが、本件借地権譲渡を承認しない意向であることは前記のとおりである。その理由は、原告らの自宅敷地と本件土地とが地続きであるためであり、原告らは、借地希望者には原告ら所有の他の土地を賃貸する意思を有しており、これらのことは前示のとおりである。

もともと、借地権者が借地権を譲渡しようとする際に、これに反対する地主は原則として自ら借地権を買い受けることもでき、これにより、地主は承諾するしないの自由を残され、他方借地人はその投下資本を回収することが確保されるようになっている。これが現行法制度の考え方である。借地権者に譲受人の指定権はないが、譲渡自体は保証しようという考え方である。したがって、自宅敷地が本件土地に隣接していることから本件借地権の譲渡について不承認とする原告らの対応に不当な点はない。

被告らは、借地権を地主の意向に左右されない独立の権利として扱いたいということであろうが、それは、立法論であり、現行法制度上は許されていない。

2  そうすると、原告らが本件借地権の譲渡に承諾しない意向であることに不当な点はなく、被告らは、賃貸人の原告らの承諾を得ずに、かつ、警告を無視して本件借地権を譲渡したものといわざるを得ない。原告らの解除は理由がある。

なお、被告永原の本件借地権譲渡申請に対して、原告らが優先買取権を行使すればよく、解除権の行使までを認める必要はない(すなわち未だ本件借地権の譲渡行為は完了していない。)とする考え方があるかもしれない。しかし、原告らが優先買取権を行使した場合、原告らは、本件建物の所有者となるが、被告田中の借家権の対抗を受け、かつ賃料は前払いされているため、原告らは賃料を収受することができないことになる。すなわち、本件では、原告らは本件借地権の譲渡申請に対し、優先買取権を行使することが事実上できない状況にある。したがって、原告らからすれば、譲渡をそのような態様で承認することもできず、結局無断譲渡を理由に解除することはやむを得ないところである。

3  前示のところからすれば、被告田中は本件建物の所有者であるということができる。また、本件土地の賃料が平成七年一月に一か月当たり五万五八〇〇円に改められていることは争いがない。

四  結論

以上のとおりであり、原告らの被告永原に対する本件土地の明渡及び明渡遅延損害金の各請求、並びに被告田中に対する本件建物の収去請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。ただし、仮執行の宣言は相当でないのでこれを付さないこととする。

(裁判官 岡光民雄)

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